こまつまりこの仕事 のこと
 
早々のお知らせとなりますが、
この度、5月25日(土曜日)から6月2日(日曜日)までの
9日間、ハルニレテラス NATURにて
「こまつまりこの仕事」と題しまして、
作家 小松まり子さんの
新作発表・限定作品の展示販売を致します。

 

彼女が一つ一つ丁寧に心を込めて
つくりあげるお人形達は
多くのお客様から
温かなお言葉や応援を頂いております。

日々接する彼女の人柄に、
作品に対する作家としての姿勢を
垣間みることができます。

それは黙々と惜しみない努力を続け
丁寧に誠実につくること。
そして何より応援して下さる皆様を
おもい、感謝の気持ちを表現するかのように
よりよい作品をつくろうと努める、その姿にあります。

私たちは常に彼女のその謙虚であり続ける姿勢に
強く心打たれるおもいです。

新作をご提案するにあたり、
試作を私たちに見せてくれた時、彼女は
「この子達、一人一人と向き合いながらつくっていきたいです。」
そう、笑顔で話してくれました。

是非、この9日間、新作をはじめ、限定作品や
これまでのお人形達のお洋服などを仕立てた
「こまつまりこの仕事」展を
多くの方に見て頂ければ有り難くそして、幸せに思います。

また、展示をむかえるまでのお話を
お伝え出来れば。

それでは失礼致します。
(下記、小松さんのホームページになります。
合わせてご覧頂ければ。)

http://www.comatsumariko.com












日本のかご展 gallery feveさん のこと

3月16日(土曜日)から3月23日(土曜日)まで、
gallery feveさんにて「日本のかご展」を開催致します。

監修は「日本のかご・えらぶ・つかう」(新潮社)の
著者でもあるスタイリストの小澤典代さん。

そんな素晴らしい企画にお声を掛けて頂き、NATURからは
長野の職人さんに制作して頂いている「温泉かご」を
ご提案させて頂きました。

このような機会を頂けましたこと、心から感謝しております。

日本全国から選ばれた40点あまりの美しいかご。
是非是非、お近くにお寄りの際は、お立ち寄り下さいませ。



東京都武蔵野市吉祥寺本町2−28−2 2F
http://www.hikita-feve.com
会期中は無休・・・



ダリアの物語そしてシークレットガーデン のこと
 
ここ数日、暖かな毎日が続いております。

家の小窓から見えるお隣の庭の端っこには、
残り雪に埋もれながらも、小さくとも蕗の薹が
青空にむかって元気よく顔をだしておりました。

ここ軽井沢にもようやく春が訪れたようです。

欄の思い出話をさせて頂いた数日後、
大切なお客様でもあるU様より一通の
お便りを頂きました。

それは、
お父様とお母様のダリアの物語。

昔、U様のお母様はご自宅のお庭一面に、
どうしてかと不思議に思うほど、
様々な色や形のダリアを大事に大事に
育てていらっしゃたそうです。

ご家族にとって大切なお母様が亡くなられた後、
懸命にお仕事に勤しんでいらっしゃったお父様が
そして、何より、花々には無縁だと
思われていた、そのお父様が
お母様が残された大切なダリアを
引き継ぐかのように大事に育てられました。

そして、そのダリアをお父様はお母様に
毎日のように供えられていたそうです。

それを知ったU様は勿論、驚かれたと同時に
心にこみ上げる嬉しさを感じずにはいられなかったと
書いて下さいました。

何故なら、それはお父様なりのお母様への想いだったからこそ。

そしてその後、お父様がお亡くなりになり、
U様もダリアを見ることなく過ごされていた頃、
丁度、去年、ダリアがブームなのかと思うほど
お花屋の店頭一面にダリアが並んでいたそうです。

U様は数本ダリアを購入し、部屋に飾り、改めて
ダリアの花言葉を調べてみたり、
ああ、なるほどねと頷いてみたり、
お母様の面影を辿ってみたり重ねてみたり・・・
今頃になって可笑しいけれど、ダリアは母の花なのだ、と、
そう思うことにしました・・・そう書いて下さいました。

お父様もお母様も亡き後、お宅は手放され
お二人の大事なお庭も消えてしまいました。
それ以来、そのことはずっとU様の
心の中に静かに眠っていそうです。

今になっても、今だからこそ切なく感じる私の
思い出です・・・そう最後に書いて下さいました。

私は何度も何度もU様から頂いたこのお話を
読み返しました。
強く揺さぶられる心をおさえつつ、
こみ上げる何かを感じつつ、
表現できない透き通るようなおもいを抱え
数日を過ごしました。

そしてある日、
「私のシークレットガーデンにいらっしゃい。」
そう言ってくれた彼女の声を突然に思い出しました。


彼女は私が通っていたスウェーデンでの大学の、
テキスタイル学部の担当助教授でした。

生粋のイギリス人女性で
苦もなくスウェーデン語を流暢に話し、
白髪の長く美しい髪を頭のてっぺんでキュッとまとめあげ
スウェーデン人に引けを取らないのその長身に
いつも美しくカットされた黒服を身に纏っていました。

スウェーデンの大学は日本の大学のそれとは違い、
教授陣も学生も驚くほど、対等な関係を築いていました。
自分の作品や考えを述べる時の学生達の姿は
まるで、教授陣を押すかのように勢いよく、
活発に討論され、その様子には正直圧倒された自分を
今でも覚えています。

ただ、そんな教授陣の中で、彼女の存在は格別に異なっていました。
装いからも感じられる揺るぎない美的感覚、
そして、じっと見据える青く澄んだ眼差し。
そこには、他の教授陣には感じられない、威厳と風格を
強く感じさせました。

そんなある日、図書館から何冊もの本を抱えながら
教室に戻った私に彼女はこういいました。

「私のシークレットガーデンにいらっしゃい。」

スウェーデン人は、都会の生活とは一線を引いて、
サマーハウスと呼ばれる別荘や、コロニーと呼ばれる
小さな小屋を隣接させて庭を持っている人々が多くいました。

ただ、想像するようなバケーションとは異なり、
自然を感じることを基本とし、あえて不便な生活環境を
それらの場所で楽しむという、スウェーデン人らしい
発想でした。

彼女はそのコロニーを「シークレットガーデン」と
表現しました。

街からそう離れていない彼女の庭は、
急な坂道をのぼるその先に、ありました。

このコロニーの地区一帯は、家々の人々が大切に
育てた植物や花々で満ちあふれ、まるで別世界のようで
一歩一歩、進むたびにそれはそれは、心躍るおもいでした。

古くなった木の柵を音をあげながら開くと
その庭はありました。

彼女を表現するかのように
色とりどり花々が咲き誇り、選び抜かれた植物が
美しく配置されていました。


「お茶の用意をするから、庭を散策してちょうだい。」

大学で毎日のように会う威厳にみちた彼女とは異なり、
今日、この庭で会う彼女は笑顔で輝いていました。

手持ち無沙汰でいるのも申し訳なく、言葉に甘え
私は庭を歩きました。

花や植物を眺めながゆっくりと歩くと、自然と庭の中央に
立つことが出来ました。

その場所は明らかに、特別な場所でした。

円形にデザインされたその場所は、地面はレンガで覆われ
古い二人掛けのベンチを囲うかのように
花々や植物が植えられ、季節になれば小さなローズがその場所を
守るかのように蔦をつたい咲くようにつくられていました。

「ここで私は毎日のように主人と話すのよ。」

振り向くと、彼女は切り分けたケーキを片手に微笑んでいました。

「上を見て。丁度、青空が抜けるように見えるでしょ。私は
ここに座って彼と話をするの。」

その時、私ははじめて、彼女が愛するご主人を亡くしたことを知りました。

その後、一つ上の学年の友人がそっと教えてくれました。
彼女は晩婚であったこと、幸せな結婚生活を送っていた矢先、
ご主人は大病を患い、懸命な看護むなしく、彼女を残し旅立たれたこと。
そして、この庭はご主人と一緒に、つくり上げた庭だということ。

友人は肩に手を添え、「このことはそんなに知っている人はいないの。
彼女は何にも言わないから。」と言ってくれました。


私たちの学年は誰一人、そのことを知っている人はいませんでした。
他の教授陣ともお茶の時間などで、他愛もなく、家族のことや、
お子さんのこと、はたまた恋人のことなどを話ているとき、
彼女はその青く澄んだ目を細めて、楽しそうに聞いていました。

それから数ヶ月後、彼女は長く美しい白髪を短く切りました。
それは旦那様の、何回忌かを終えたことを意味しました。

時々、大学の彼女のデスクをのぞくと、テキスタイルの専門書に
まじり、植物や花、庭の本がおかれていました。

その度、彼女が珈琲を手に、あのベンチの片方に座り、
空を見上げ、今年植える植物や咲かせた花のことを、
旦那様に伝えているのだろうと思いました。

U様のお父様とお母様の大切なダリアの物語を
お聞きしたとき、私の中でも静かに眠っていたこの思い出が
浮かびました。

もの言わぬ花がつなげる、二つの物語。
時代も国も超えて、「人をおもうこと」の
本当の意味を静かに私に教えてくれるかのようでした。

そして、あの彼女も、好きな花はダリアでした。




















想い出の蘭そしてグリーンフィンガー のこと
 



雑誌をパラパラとめくっていたら、
ヨーロッパでは植物を育てるのが上手な人を
「グリーンフィンガーの持ち主」と呼ぶ、
と書かれていました。

緑の指・・・
奇跡的と言ってもいいほど、
あのサボテンさえも枯らしたことがある私にとっては
なんとも縁遠いお話しだと、思いつつ
雑誌を閉じました。

それから数日経って買い物の帰り、スーパー横にある花屋を覘くと
隅のほうに隠れながらも小指ほどの小さな白い花を咲かせた胡蝶蘭を見つけました。

私がスウェーデン・ストックホルムに渡り、まだ日が浅かった頃。

旦那さんを介して、スウェーデン人のご主人と日本人女性の
50代ぐらいの御夫婦を紹介してくれました。

奥様は、渡欧当時、本当に苦労された方で、
今以上に不便で、何の情報もなかったであろう
未知な外国生活の中で、
御自身の看護士という専門職をスウェーデンでも続けられるように、
懸命に国際資格を取られ、今では通訳というまたまた
専門的なお仕事が出来るほど、スウェーデン語を流暢に話され、
今のご主人様と温かなご家庭を築かれた女性でした。

確かまだ19歳か20歳頃の、何の考えもない浅く、
若いだけだった私にとっては、
そんな大人の女性にお食事をご招待して頂いたり、
対等にお話しする機会は、汗が滴り落ちる程の緊張でした。

ご自宅でのお食事は、日本食から離れた私たちを気遣って下さり、
手巻き寿司などを中心に、まるで御自分達の家族を迎えるかのように
本当に心温かい、素晴らしいおもてなしをして下さいました。

それでも、食器はどのタイミングでキッチンに運んだほうがいいものか、
気の利いた会話ってなんなのか、本当に分からずで、
何か言えば、ちょっと空気を読み間違えた発言をしてしまったり、
若さかな、今思うと、何を話していたんだろうと赤面する程の有様でした。

いつからか緊張が勝手に苦手意識へ変わりつつあった頃、
学生生活を続けながらも、簡単な通訳のお仕事を頂いた初めての時。
丁度、お給料を頂いた当日が、ご夫婦のご自宅へお伺いする日でした。

高級街に建つ、有名な花屋さんに立ち寄り小さな胡蝶蘭を購入しました。

いきなりで、なんと言って手渡せばいいのか、とにかく、「これ・・・」とだけしか
言わずに、心の中の感謝の言葉もろくに伝えられず
お渡ししたかと思います。

それからすぐに私は、ヨーテボリーという街に越して数年経った頃、
本当に久しぶりにお二人のご自宅にお招き頂いた時に、
部屋の窓側に一つの蘭が背筋を伸ばすように咲き誇っていました。

「あの時、あなたからいただいたものよ。」
そう一言、嬉しそうに奥様は
背中越しに言ってくださったのを今でも思い出します。

あれから何年経ったでしょうか。
サボテンさえも枯らしたことのある私の駄目な指は
あのグリーンフィンガーを持った女性のように、
この胡蝶蘭を育てられるのか。



そう思って一つ一つ、棚の上に小さな植物を増やしております。













エステルのハンカチが届きました のこと
 
スウェーデン人女性陶芸作家 エステルに
NATURオリジナルのハンカチの絵を描いてもらいました。

1作目はただ今、店舗でも御提案しております、うさぎのハンカチ。
こちらも皆様にとてもご好評で本当に嬉しく思っております。

2作目もスウェーデンの森をイメージした絵をお願い致しましたら・・・



エステルらしい表現で私たちの言葉を汲み取ってくれて
森の中に佇むヘラジカを描いてくれました。
そしてそして早速、日本橋の職人さんに刷って頂きました。

お客様に御提案できる御品が届いたのが、丁度、昨日。



如何でしょうか。
今回は白と黒のモノクロでお願いし、またうさぎのハンカチとは一味違った
作品が出来上がったかと思います。

皆様のお鞄の中にこのハンカチを忍ばせて頂ければ。

それでは失礼致します。



天然生活4月号 モダンリビング1月号 のこと
 


皆様、如何お過ごしでしょうか。

スウェーデン帰国後、バトンタッチのように旦那さんが
北欧へ旅立ちまして、一息ついた頃には、
もう、2月の半ばとなりました。

今年の冬は、何だかあっという間のように感じられます。

きっと、昨年12月に企画させて頂きましたワークショップなど
皆様と一緒に過ごさせて頂いた初めての冬が本当に自分自身、
心に残ったのだろうと、改めて感謝しております。

さて、お恥ずかしながら株式会社地球丸さん出版の、「天然生活 4月号」にて
「いとおしい食器棚」という特集でNATURで御提案させて頂いてる食器をはじめ
私自身のコレクションなど自宅を中心にご紹介して頂きました。

重ねて、遅れてのお知らせとなりますがハースト婦人画報社さん出版の
「モダンリビング 1月号」にて、
軽井沢を満喫して頂けるようなカフェやレストランを
須長のご案内と致しまして改めてご紹介させて頂きました。

もし、よろしければお手にとって頂ければ嬉しく思います。

旦那さんの本人紹介をして頂いた箇所に
「趣味 食べ歩き」の文字を改めて読むと
思わずプププ・・・となってしまいます。
私はわたしで、取材中は本当に緊張、緊張、緊張でしたが、
担当してくださった方々がとてもとても素晴らしい方々で、
ただただ「大人」にならなくてはと、改めて自分の未熟さを痛感した一日でした。



そんなてんやわんやでいた時も、息子君はお客様に頑なに昼寝の場所を譲ることなく
私を困らせてくれました。
まったくです。

それではまだまだ寒い毎日、皆様お風邪などにお気を付けて
お過ごし下さいませ。











スウェーデンから日本へ のこと
 
ストックホルムのホテルから出発したのは
朝4時・・・。
陽が昇らない寒空の中、
数か月前の行いを後悔してしまいます。

元来のテレビっ子な私の悪影響で
「これは観たいよね」という番組が
一緒に増えてしまった旦那さん。
なのでテレビ鑑賞しながら取ってくれた
飛行機のチケットが朝6時に出発後、
コペンハーゲン空港に到着、
日本帰国の便は約8時間後の夕方16時。

変更も出来ずに、時差で起きれることを
願いつつ、帰国の日を迎えました。

ただ、ぼ〜とするのが一番の特技だと
思っていましたが、
空港で待っているだけって無駄に
疲れるのですね。
それでも日本に到着後、東京駅にトランクを
預け、納豆に干物を買って今日の晩御飯。

そして何故か、肉まんにちまきを買い足し
ヘロヘロになりながらも家路へ急ぎました。



息子君も変わらずお元気。
男の子同士の二人住まいは、かなりのアクティブだったそう。
流行りの遊びは狭いアパート中を疾走すること。
相変わらず、何が楽しいのか分かりません。






最後の夜 のこと
 


今日はナショナルミュージアムへ。
http://www.nationalmuseum.se
気の遠くなるような長い時間をかけ、
複雑な技術で制作されたアート作品「Slow Art」を
見に行ってまいりました。
本当に長い長い時間をかけて制作された
様々な作品、なのに、どうしてこうも儚く感じるのか。
心が透き通るような思いで一つ一つを見て回りました。

さて話はかわって、最後のストックホルムの夜。
一人旅でいつも問題になるは夕飯です。
恥ずかしながら果てしない大食に無類の肉好き。

食べ物好きなモノベスト3に入るには、
焼肉にステーキというぐらい。
だからか年中、お腹を空かせております。

しかしながら悲しいかな、スウェーデンは日本のように
外食産業はそこまで確立はしてないように感じます。

もちろん!思わず唸るほどの美味しい食事に
素晴らしいプレゼンテーションをしてくれる
レストランは街中にいっぱいあるのですが、
日本のように一人で気軽に入れる食事屋がないというか。
しかも去年なんて、買い付けだからと防寒と動きやすさを重視して、
スキー靴にダウンにリュックという姿。
これで「レストラン」は無理だろぉ、と。
それでも今年も変わらずの姿でしたが。

どちらかというと、きちんとした「レストラン」として、友人、恋人、家族での
「外食の場」という感じがスタンダード。週末なんてとくに。
SUSHIやタイフードならぱっと入って食べることができるのですが、
折角来たのに、SUSHIはなぁって、思ってカフェなどで軽く済ませるのが通例。



それでも今日は最後ということもあって、温かな料理を食べようと。
17時ごろに訪れたホテルそばのレストランへ。
かなりの人気店らしくすぐに、満席。
http://www.bistrosud.com/



次の予約があるからね、と言われて通された窓際の席で
店内の喧騒の中、黙々と食事に熱中。
次のお皿を待ちながら行きかう人々を眺めていると
ふと一つのことが鮮明に思い出されました。

十年以上も前、一足先に大学院卒業むかえた旦那さんが
「フリーランスの家具デザイナーになる」と決断した日のことを。

いくら私だって異国のこの地で、外国人として
フリーランスのデザイナーとして
生きていくのがどれほど過酷で賭けなことか分かっているつもりで、
だからか、心はもう、あららららら・・・と。

それから数カ月後、若い私たち二人はある夜、
スウェーデンのとある老デザイナーの
ご自宅へお招きを受けました。

食事も中盤に差し掛かり近況報告も
一段落したところ、
意を決して若かった旦那さんは
実績も経験も到底足元には及ばないほどの彼に
求めるように問いました。
「僕の決断はどう思いますか?」

数秒じっと旦那さんを見つめた彼は、
ゆっくりとワインを飲みほし、
グラスを静かにテーブルにおくと、
「君の決断につては僕には何も言えない。
ただ、一つ言えることは、
自分のスタイルを、自分のデザインを探すのは
君自身だけということだ。」と。
横で奥様が私たち二人を交代にみては微笑んでいました。

正直私は、99パーセント、この言葉の重みも
重大さも過酷さも分かりませんでした。

でも今日、窓際のこの席で改めて思いました。
お店をはじめて3年。
壁にぶつかるたび、旦那さんは横で常に言っていたなと。
「僕たちは僕たちにできることをみつけるんだよ」と。

愛溢れる温かな心で接して下さる素晴らしいNATURのお客様に
惜しみない努力で支えてくれるスタッフさんや家族の存在。

今日、ストックホルム最後の夜、窓際で
その果てしない感謝とありがたさを心に
今一度、自分たちの足元を固めようと思いました。
一つ一つの品を同じように愛をもち、
問うことを恐れずに
自分たちの方法で
ご提案出来るようにともう一度、頑張ろうと。

一人の夕飯は常に何かを教えてくれる、そう思いました。




教会の鐘の音色 のこと
 


ストックホルムの滞在も残すところ僅かとなりました。

朝から段ボールをカートに括り付け、ホテルと郵便局を往復しつつも
段ボールのあまりの重さに、心が折れそうになり足を止め見上げると
目の前の教会の時計の針が丁度、12時を指した瞬間でした。

すると教会の鐘が音楽を奏ではじめたのです。
ただリンゴンという音ではなく、きちんとした鐘の音色が
街中に響きわたっていました。

十何年いて、初めて聞いた教会の鐘の音楽。
思わず、一人「初めて聞いた・・・。」とつぶやいてしまいました。
ジンジンとした手首の痛さもいつしか忘れ、
何だかすごく幸せな気持ちでいっぱいでした。






ストックホルム のこと3
 


今日は午後から、NATURで御提案している洋服の
春夏コレクションを選びに行ってまいりました。

スルッセン駅から徒歩で10分程歩くと彼女達の店舗兼アトリエがあります。
重いガラス扉を開けて、名前を告げると、地下に通され
階段を下り、いつものように正面にある大きなテーブルには
コーヒーと大好きなスウェーデンの定番菓子、
シナモンパンを用意して待っていてくれています。

地下でありながら何故かアットホームな雰囲気のアトリエ。

壁中に生地サンプルやスケッチが張られ、女性スタッフさん達が
朗らかに行き来する姿をみると、
ここから一枚一枚の洋服のデザインが皆の手で完成していくんだなぁと、
改めて感動してしまいます。



今回の春夏はワンピースを中心に御提案できれば。
仕立ても生地もしっかりと選ばれた彼女たちのデザイン、
気に入って頂けたら嬉しく思います。



夕方は午前中に買い付けたアンティーク達を
梱包して日本に届ける用意を、と考えながら駅を
降りたら、この広告のグラフィックが目に入りました。
地下鉄SJの広告です。
ほんと、すてきです。







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