大雪 のこと


先週に引き続き、今週末も全国的な大雪。
こちら軽井沢も朝方から深々と雪が休むことなく
降り続いております。

昨日から私のかわりに受注会へ東京出張している旦那さん。
無事に帰宅出来るのかの、ニュースとにらめっこです。

正午過ぎから雪も本格的に厳しくなるとか。
どうか皆様、外出時にはお足元にお気を付けてお帰り下さい。



我が家の愛すべき息子君は、今年の冬はずっとストーブの前から
離れません。
そんなに寒いの?って聞きたくなります。
 
黒い瞳 のこと
慢性的な住宅難ということもあり
一年ごとに繰り返されたスウェーデンでの引っ越し。
片手では数えきれないほど、
毎年のように、
転居を余儀なくされていました。



その年も、当たり前のように早い時期から住宅情報を
ながめては溜め息をつき、またながめてはという一日を
過ごしていました。

夕方近くになって一件、これはと思える家賃が見つかり早速受話器を。

電話口に出たのは、私とそうは年齢は変わらないであろう若い女性でした。
私はもう何遍も復唱したであろう簡単な自己紹介をし、
日本人であることを名乗ると、ちょっとの間が。
ああ、断られるなと思いきや、その女性はとても明るく
じゃ、直接、自宅にいらっしゃいよ、その方が早いからと、
まるで友人を誘うように言葉をかけてくれました。

彼女と会ったのはその一日の、数時間のみ。

でも今も時折、私は彼女を思い出します。
緩やかなウェーブをえがく長く黒い髪を結い上げ、
太く力強い眉毛の下には
宝石ような大きな黒い瞳に真っ直ぐな鼻筋。

真っ青なソファーに座るそんな彼女はとても印象的な存在でした。

部屋を案内され、お互いの条件を確認すること数十分。
賃貸の条件において譲歩が出来る箇所が見つからず、
では早々にと、席を立とうとした時、
彼女は私がどこから来たかと、もう一度確認しました。

えっと・・・日本よ、と
浮いた腰をもう一度ソファーに埋めました。
そう、随分遠くから来たのね・・・と、彼女。
それから当たり前のようにあなたは?と質問すると、
彼女はくっきりとした口元で、話してくれました。

長い間内戦が激化し続け、当時でも、国際的に広く知れた国から
彼女は移民としてスウェーデンに渡ってきたこと教えてくれました。
終わることのない戦いで父親や従兄弟、多くの家族を失い、
そして母国には今も、もしかしたらこれからも戻れないこと。

ここスウェーデンでの暮らしはそんな状況のもと、
仕事でたった小さな間違えを起こしただけでも、
怒鳴られ、国へ帰れ、と罵られること。

ホント馬鹿みたいと、
小さく笑って彼女は同意を求めるように
でも、外国暮らしは大変よね、と
まるで私に対する労りさえも感じるほど彼女は優しい眼差しで
淡々となんでもない会話のように話しをしていました。

彼女の前で、私が発するであろう言葉は、
薄っぺらな紙のようにヒラヒラと、心ないもののように感じられ
ただ、彼女の話に耳を傾け、午後の日差しに照らされる美しい彼女と
膝の上に組んだ頼りない自分の両手を交代にみることで精一杯でした。

それでも彼女は私の家族が元気であることを喜び、
小さな誤解がうみ出す偏見に憤慨し、
国や状況は違えど、異国で暮らす年齢はかわらない私達が
直面するであろう問題にお互い共感し、同意し、会話を重ねました。

数時間か、それとも数十分だったのか、僅かな時間を共有しながらも
玄関へむかい、固く握手を交わし、
扉に手をかけると、彼女は私の肩に手をかけ言いました。

あなたの幸せを心から信じているわ・・・と。

たったひと言、別れ際、笑顔で言いました。

通りにでて、顔を埋めるようにコートの襟をただし思いました。
どうして彼女は、
渦巻く混沌とした溺れるような悲しみにのまれることなく、他者を労り愛せるのかと。
どうして彼女は、
癒えることはない深い傷と共に、枯れるほど流した涙におぼれることなく、他者を慈しみ思いやれるのか。

何かに直面する度に彼女の真っ直ぐな黒い瞳をおもいだします。
わたしは彼女のようになれるのか、と。























 
少しの春 のこと
10度も越すようなような暖かな一日から
一変、マイナスを記録する寒い日と
毎日のように寒暖の差が激しい軽井沢。
窓に降り注ぐ太陽の光は春のように満ち足りた
輝きですが、誘惑に負け窓を開け放てば
冷えきった風が容赦なく吹き荒れています。



スウェーデンやデンマークのアンティーク色ガラスで
少しでも春をお届け出来ればと、集めてみました。

コンテナも2月14日に日本到着が決定致しました。
それから様々な税関手続きになるので、多少、お日にちを
頂きます。お待たせ致しまして大変申し訳ございませんが
どうぞよろしくお願い致します。



寒い軽井沢ではありますが、冷えきった空気は新鮮で
きっと気持ちがいいかと。
皆様のお越し心よりお待ち申し上げております。








 
裸足のヴェネツィア のこと
読書好き・・・というと、おこがましいので
活字蟲・・・といったほうが分相応かもしれません。

海外生活の中で一番、歯痒く不便に感じた事は、
手軽に本を手に入れることが出来ないという状況でした。
トランクに忍ばせた数冊の本はすでに、手垢がつくほど
読み返し、日本人同士からまわってくる本は、
自分の好みに合わずとも、それでも「日本語」に触れたく、
一行一行を食い入るに読んでおりました。

だからか、日本に帰国した時、最初に訪れるのは
やはり書店でした。
その時訪れた書店で、最初に手にした本は須賀 敦子さんの著書でした。
一行一行を読み進めるたび、須賀さんが奏でる日本語はなんて
こんなにも美しい情景をえがきだしてくれるのかと感銘を受けたことを
今でも思い出します。

イタリアのローマ、ミラノを中心にえがきだされる
須賀さんの美しい言葉の旋律は強く確かに心に響くものがありました。

それから何冊か読みすすめ、イタリアの語句に触れるたび
私は名前も忘れた、ある彼女のことを何度も何度も、思い出しました。



今だ、記憶を辿っても彼女の名前だけは思い出すことはできず、
けれども、あの日、共に走ったヴェネツィアのことだけが
唯一、私の中で鮮明に思い出されます。

彼女は大学の級友で同じテキスタイル学部を専攻していました。
テキスタイルの学部は大方は女性で、何よりもとても個性的な
容相の女の子達が多かったかと思います。

誰もが同じような格好の子はおらず、皆それぞれ思うままに自分の
スタイルを持っていました。
40年代に憧れる子もいれば、ヒッピーのような子に、髪を真っ黒に染め上げた
ロックな子と、各々、それぞれのスタイルを自分で解釈し、着飾る事に懸命でした。

そんな中で彼女だけは、いつもポツんと普通の、ごく普通の格好でした。

化粧っけのない顔に茶色と金髪が混じり合った肩までの髪を真っ黒なゴムで
後ろに結い上げ、くるぶしでカットされのジーンズに
いつも小さく控えめな色のパーカーを羽織っていました。

彼女は英語が苦手ということもあり、あまり私とは話したがらず、
かといってスウェーデン人同士でも、いつも口元に僅かな笑みを残し
相手の話に頷くだけだったように感じます。

定刻を過ぎても学内に残る子が多い中で、彼女だけは自身の決めた時刻になると
デスクを簡単に片付け、ナップザックを片手に消え入ような声で
「じゃあね」とひと言、教室を後にしていました。



大学では何年かに一度、学部ごとの学内旅行が企画され、申請をし
受理された場合に学生のみで企画するという行事がありました。

その年、私達のテキスタイル学部はイタリアでの現代美術の国際美術展覧会、
ヴェネチア・ヴィエンナーレの観覧を希望し、見事受理されました。

飛行機のチケットから現地での宿の手配など、皆で集まり
お祭り騒ぎのように過ぎる毎日で、初めての土地に誰もが心揺れていました。

それから数週間後、到着したヴェネツィアは想像以上に美しく、
スウェーデンの街並とはまったくもって違い、
その街を散策するだけでも満たされるような毎日でした。

個人主義のスウェーデン人ではありますが、やはり知らない土地では
きちんとグループに分かれ、各々我が儘や不平不満を口にしつつも
皆で協力しあいながら膨大な数の展示会場を訪れ、
展示の印象をああだ、こうだと話しては夕飯を共にしていました。

彼女がどこのグループに属していたかは記憶にはありませんが
帰国前の数日、彼女とともに何故か、幾日かを過ごしていました。

最初に彼女が私に話したのは、自分はヴィーガンでここ、
ヴェネツィアでは食べるものが限られているという悩みでした。
ヴィーガンはベジタリアンの食生活よりも大変厳しい条件を課しており、
彼女は倫理上の理由でヴィーガンを選びその条件下の中で生活をしているとのこと。
また、彼女は北の出身で長く両親と生活していたこと。
そして今でも、都会の生活よりも静かなその家が懐かしい・・・と話してくれました。
私は初めて知る彼女の断片さえも、それは決して想像を裏切ることなく、
鮮明に映像として頭を駆け巡ったようでした。

ある日、展示もあと最後、これを観れればと数人で相談していると、
まわりからどよめきが聞こえ始めました。

そう、ヴェネツィアのアックアアルタ、満潮で街中がものすごい勢いで
浸水していったのです!

初めてみる光景に私は驚き、周りの観光の方々も歓声をあげ、
続々と高めの場所に避難したり、ベンチの上にあがったりと
ヴェネツィアの都は飲まれるように、みるみるうちに
変貌していきました。そしてそれは同時に美しくも驚きで溢れていました。

この光景に一段落着くと、一人がつぶやくように言いました。
「ねえ、もう無理だから帰ろうか」と。
誰もが異議はなく、同様の考えだったと思います。

しかしその時、唯一彼女が、何と告げたのかは残念ながら記憶にありません。

ただ、彼女の目は大きく輝くように私を見据えると、
突然、靴と靴下を脱ぎ、いつものくるぶしまでのジーンズをたくし上げ
それらを頭に抱えて、むかいの広場の展示会場めがけて、一目散に走り出したのです。

私が何故、彼女のあとについて一緒に走り出したのかも今は記憶にはありません。
ただ、彼女に見据えられた瞬間、ただただ遅れてはというおもいで、
慌てて靴と靴下を脱ぎ、同じように頭に抱え、彼女の背中を
追うように走り出していたのです。

満潮の中、水しぶきをあげながら裸足で横断する私達二人っきりの姿に
誰もが歓声と奇声を上げていました。

そんな声も耳には届かず、私はただただ、彼女の背中だけを見つめ
水に満たされた都ヴェネツィアを裸足で走り抜けていました。

彼女の背中をみながら、
ああ、この子は本当に美術が好きなんだ・・・ということだけが
心に浮かんでいました。
そして、今、その彼女の側にいるだけで、私にも何か特別なことが起るような
気持ちになっていました。

それから・・・私達は無事にスウェーデンへ戻り、いつもの日常の生活が
同じように始まりました。

彼女はいつものように控えめな色のパーカーを羽織り、同じように口元に僅かな微笑み残しながら頷き、
変わらず消え入る声で静かに教室をあとにしていました。

でも、確実に変わった事は誰もが彼女をあの日から愛おしんでいることでした。
話をしなくても、接点はなくとも、それでもいつも隅にいたはずの彼女が
あのヴェネツィアを裸足で走り抜けたことだけは深く深く、私達の心に残りました。



































 
お店のこと



寒い寒いと思いつつも、晴天が続く毎日。
毎朝、雪は降ったかしらとカーテンの隙間から外を、そっと眺めます。
春が待ち遠しい一方で、まだまだ冬の軽井沢を
満喫したい気持ちに揺られます。

色々と家具類が入荷致しましたので、お知らせを。



ベンチタイプのソファーで、白×青のコンビネーションが清々しさを
感じさせます。



1950年代のチーク材のブックシェルフ。









一人掛けのイージーチェアーも入荷致しました。



カールマルムステンデザインのイージーチェアーも2セットでご提案。



こちらは2014年度の春夏の新作、マリメッコ。



ジーンズやカラータイツと合わせても素敵かと。



写真が満載になってしまいました。

皆様のお越し心よりお待ち申し上げております。
 
残り香 のこと
ふとした時に、煙草の残り香が鼻をかすめると、
赤毛のマリアのことをいつも思い出します。



彼女はスウェーデン人には珍しく
私ぐらいの背丈に長く伸ばした赤毛、
そしてその赤毛が印象的に映るほど
白く美しい肌をもったスウェーデン人でした。

まだ大学に通い始めて日が浅い私のため
構内を案内していた講師が、丁度、
大学の玄関口にいたマリアを呼び止め
私の世話係として声を掛けられていました。

彼女はその容姿に反して、所々破れたジーンズに
着古したTシャッツ、そして黒い革のジャケットを羽織って
少し気怠そうに立っていました。

その独特な風貌から察して
ろくに英語も話せない私の世話係なんて
彼女にしたらたいそう面倒なことだろうにと、
何だか申し訳なく思ってしまいました。

マリアは左手に持っていた煙草を一口吸うと
「いいわよ」と短く吐き出すように言いました。

目と目を合わせつつ、無難に挨拶を交わし、
お互い何の期待感も抱かずその場を
後にしつつも、
それからマリアとは十年近くも
友人関係でいることなど、その時は想像も出来ませんでした。

当時のスウェーデンは今程、日本人の在住人口も多くなく
また同様にアジア人に対しての情報も希薄で
理解、ということでは今のように深くはなかったように感じます。

コミニケーションの取り方一つにとっても
私の短くも浅い経験の中で培ってきた日本人としての方法とは
多少異なりがあったように思います。

意思の明確さ、そしてその意思を強く伝える能力など
当時の私にとってはそういった差の違和感を
感じる毎日で、順応するのに精一杯でした。

ただその中でも、マリアの存在は不思議と
すんなり身体に入ってくるようでした。

彼女は拙い私の英語やスウェーデン語を面白がり、同時に
上手い言い回しを会話の中で、これまたごく自然に教えてくれました。

それから少しずつ彼女のことを知るようになりました。

マリアはスウェーデン人の両親を持ちつつも
生まれはイタリアで幼少期を長くその国で過ごしてきました。

帰国してからもイタリア語を勉強し続け、いつかまた
イタリアに戻りたいと、着古した革ジャケットのポッケから
紙煙草を取り出し、クルクルと器用に丸めながら
いつも、少し恥ずかしそうに話をしていました。

私にとって初めての海外という土地は知り合いもなく、
ましてや、友人・・・と呼べる人間はなかなか出来ませんでした。

言葉に対する焦り、理解力や表現力に対する劣等感、
また順応したいという大きな欲求で、
毎日がその場所に留まる事だけで精一杯でした。

今思えば、私は皆の中でもかなり浮きつつも、常に
漂わせる必死さが余計、気軽さを感じさせなかったのかもしれません。

そんな私をマリアはごくごく、自然に食事や飲みに誘ってくれました。

嗜好品に対する税金の高さもあるのですが、
大方の若いスウェーデン人は、友人を家に招待し、
食事を共に済ませお腹が膨れたところで夜の街へ、というのが常らしい。

根っからの怖がりと心配性で、夜の外出はほぼ皆無の私を面白がり
とにかく、一回でいいから!とある晩、私を連れ出しました。

店内に漂う煙草の煙に目をしばたたせ、
耳に突き刺さるような大音量でかかる音楽に
相手の話なんて聞こえず、
とにかく大声で話しては乾く喉にビールを流し込む。
これはもう、体力勝負の問題じゃないかと思いつつ、
後半はヘトヘトでした。

それでもいつからか、時間を共有しているという充実感が
私の中で満たされるように感じたのも事実でありました。


何年後かに当時のあの晩の話をする時があり、
彼女は笑いを噛み締めつつ
「あの晩は私にとって最高に楽しかった、アレがあったから
あなたは最高に良かったの」と言いました。

そうあの晩、ようやく満足したマリアと共に家路に急ぐ為、
店を後にし、トラムの停留所で待っていると、
マリアから「これ食べて、酔いがさめるから」と
渡されたラクリスという名の黒いキャンディー。
前情報は何も無く、無防備にも渡された数だけ口に放り込んだら!!

後から知ったのですが、ラクリスは漢方薬にも使われる甘草を
原料にした、とにかく独特で強烈な味のキャンディー。
北欧諸国では子供から大人までに愛されるとても一般的な味ですが
表現すれば、わたしにとっては、正直「まずい」部類に入る味でした。

あまりの強烈な味に一気に、口の中は大騒ぎ!
吐き出すにしても、結構な量を放り込んだため、
どうすることも出来ずに
とにかく夜の街に悲鳴を発していました。
同じ停留所の人々はそんな私を好奇の目で見つつ、
それどころではない私は、
大量のラクリスと共に雄叫びをあげ
マリアはお腹を抱えて笑い転げ、
そんな滑稽な姿に自分でも可笑しくなって
挙げ句の果てには二人で、道に倒れ込む始末。

それがマリアのいう、アレでした。

何年後かにその想い出を笑いを噛み締めながら
話すマリアに、私は感謝で一人心があつくなりました。

あの晩、本当にろくでもない馬鹿な事で
笑い転げることができたから
今まで私にあった、窮屈でつまらない閉塞感や劣等感は
大きな悲鳴と雄叫び共に、夜の街に消え去ったのです。

マリアは、マリアの方法で私を導いてくれたんだと
その時気付きました。

道行く人の煙草の残り香が鼻をかすめるたびに、
彼女を思い出します。

器用にクルクルと丸める紙煙草を片手に
気怠そうに立つ、あの最高なマリアを。















































 
続・コンテナ のこと
今年の軽井沢は例年の冬に比べ
雪が少ない印象かと。
何だかちょっと物足りない気持ちが致します。
でも寒さは相変わらず。

2月に入港予定のコンテナはただ今、
様々な手続きを並行しながら海の上かと。

お待ち頂いているお客様には
お時間を頂戴し大変申し訳ございませんが、
出来る限り迅速にご対応出来るよう準備を
進めさせて頂いております。
今しばらくお待ち下さいませ。

家具が中心となるコンテナですが
今回は大皿や小物も沢山入荷致します。

基本的に年の買い付けは夫婦別々に行っているため、
お互いの仕入れは実際に到着してから確認致します。
コンテナ仕入れの旦那さんならではの、ユニークな品々は
私自身、いつも楽しみ。
仕入れ場所も異なる為、街中ではなかなか見つけれない逸品や
反対に、街中だからこそ見つかる品など、お互い訪れる土地が
違うため面白さは倍増致します。

今回は長期でデンマーク・スウェーデンの田舎を中心にまわって
探し出したお品となります。

皆様に気に入って頂けるお品が一つでもご提案できれば
これ以上にない喜びです。

これはオリジナルで描いたトレーの絵。
春の風をイメージしながら色を重ねました。
絵柄は色々と。
またお知らせさせて下さいませ。





 
コンテナ入港 のこと
今日の軽井沢は朝から曇り空。
連日続く寒さにとけきれない道端の
雪が、踏みならすたびにシャリシャリと
音を立てております。

さて、コンテナ入港のお知らせです。
今回、入港予定が2月10日前後と決定致しました。
その後、様々な税関手続きを行いまして
軽井沢到着は2月の早い半ば頃かと。
お待たせしております事、大変申し訳ございません。
出来る限り迅速に対応させて頂きますので
何卒、ご理解頂ければと思います。



それでは。







 
お店 のこと

昨晩は随分と冷え込んだなと思い、
朝、カーテンの隙間から外を眺めると
晩から明け方に掛けて雪が降り積もっていたもよう。

さてさて、お店の様子をご報告させてくださいませ。
三連休も過ぎ、少しずつ静寂が広がるハルニレテラス。
そんな時こそ、皆様にはゆっくりとご覧頂けるよう
お品をかえてみました。


黒のルイス・ポールセンの照明はいつだって、キュッと
空間を引き締めてくれます。
年代物の秤に、当時の技術を垣間みれる木版のパターン版。
1940年代のものから50年代や現代作家の作品など、
年代のミックスはいつも新鮮さを与えてくれます。

クラッシックな金縁のポットセットはタピオ・ヴィッカラ作で
ローゼンダール社のアンティークになります。
優雅で品のあるデザインがタピオの繊細な一面を表現しているかのような
作品です。


1950年代に生産されたチーク材のオープンシェルフ2点。
別々のお品なのですが、このように並べて使われても面白いかと。


赤いアンティークグラスは店舗でもとても人気なお品です。
年代によってデザインは様々ですが、スウェーデンガラスらしい
落ち着いた赤のお色はとても印象的です。


アンダーシュのカップはただ今、お色を揃えてご提案中。

雪が舞う軽井沢も夏とはまた違う表情かと。
皆様のお越し心よりお待ち申し上げております。
 
2014年 のこと


新年明けましておめでとうございます。
今年も皆様にとってよりよき年であること、
心よりお祈り申し上げます。
またNATURも、今年一年どうぞよろしくお願い致します。

年末年始と多くのお客様に御来店頂き、
2014年を素晴らしいスタートで迎えさせて頂くことが出来ました。
有り難うございます。

軽井沢も今年のお正月は雪が少ないな・・・と思っておりましたら
先日の大雪!見渡す限りの風景が銀世界となっておりました。
でも今日は朝から晴天。
真っ白な雪に降り注ぐ太陽の光が眩しいほどです。

今日から始まる連休、皆様如何お過ごしになりますでしょうか。
NATURは今年一年、お休み頂くことなく営業させて頂く予定でございます。
どうぞ皆様のお越し、スタッフ一同心よりお待ち申し上げます。

そして何より、今年もお客様お一人お一人にとって、
大切に、そして大事にしていきたい・・・、
というお言葉を頂けるようなものをお探し出来るよう勤しんで参ります。

それでは、今年一年どうぞよろしくお願い致します。

須長



















 
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