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裸足のヴェネツィア のこと
読書好き・・・というと、おこがましいので
活字蟲・・・といったほうが分相応かもしれません。

海外生活の中で一番、歯痒く不便に感じた事は、
手軽に本を手に入れることが出来ないという状況でした。
トランクに忍ばせた数冊の本はすでに、手垢がつくほど
読み返し、日本人同士からまわってくる本は、
自分の好みに合わずとも、それでも「日本語」に触れたく、
一行一行を食い入るに読んでおりました。

だからか、日本に帰国した時、最初に訪れるのは
やはり書店でした。
その時訪れた書店で、最初に手にした本は須賀 敦子さんの著書でした。
一行一行を読み進めるたび、須賀さんが奏でる日本語はなんて
こんなにも美しい情景をえがきだしてくれるのかと感銘を受けたことを
今でも思い出します。

イタリアのローマ、ミラノを中心にえがきだされる
須賀さんの美しい言葉の旋律は強く確かに心に響くものがありました。

それから何冊か読みすすめ、イタリアの語句に触れるたび
私は名前も忘れた、ある彼女のことを何度も何度も、思い出しました。



今だ、記憶を辿っても彼女の名前だけは思い出すことはできず、
けれども、あの日、共に走ったヴェネツィアのことだけが
唯一、私の中で鮮明に思い出されます。

彼女は大学の級友で同じテキスタイル学部を専攻していました。
テキスタイルの学部は大方は女性で、何よりもとても個性的な
容相の女の子達が多かったかと思います。

誰もが同じような格好の子はおらず、皆それぞれ思うままに自分の
スタイルを持っていました。
40年代に憧れる子もいれば、ヒッピーのような子に、髪を真っ黒に染め上げた
ロックな子と、各々、それぞれのスタイルを自分で解釈し、着飾る事に懸命でした。

そんな中で彼女だけは、いつもポツんと普通の、ごく普通の格好でした。

化粧っけのない顔に茶色と金髪が混じり合った肩までの髪を真っ黒なゴムで
後ろに結い上げ、くるぶしでカットされのジーンズに
いつも小さく控えめな色のパーカーを羽織っていました。

彼女は英語が苦手ということもあり、あまり私とは話したがらず、
かといってスウェーデン人同士でも、いつも口元に僅かな笑みを残し
相手の話に頷くだけだったように感じます。

定刻を過ぎても学内に残る子が多い中で、彼女だけは自身の決めた時刻になると
デスクを簡単に片付け、ナップザックを片手に消え入ような声で
「じゃあね」とひと言、教室を後にしていました。



大学では何年かに一度、学部ごとの学内旅行が企画され、申請をし
受理された場合に学生のみで企画するという行事がありました。

その年、私達のテキスタイル学部はイタリアでの現代美術の国際美術展覧会、
ヴェネチア・ヴィエンナーレの観覧を希望し、見事受理されました。

飛行機のチケットから現地での宿の手配など、皆で集まり
お祭り騒ぎのように過ぎる毎日で、初めての土地に誰もが心揺れていました。

それから数週間後、到着したヴェネツィアは想像以上に美しく、
スウェーデンの街並とはまったくもって違い、
その街を散策するだけでも満たされるような毎日でした。

個人主義のスウェーデン人ではありますが、やはり知らない土地では
きちんとグループに分かれ、各々我が儘や不平不満を口にしつつも
皆で協力しあいながら膨大な数の展示会場を訪れ、
展示の印象をああだ、こうだと話しては夕飯を共にしていました。

彼女がどこのグループに属していたかは記憶にはありませんが
帰国前の数日、彼女とともに何故か、幾日かを過ごしていました。

最初に彼女が私に話したのは、自分はヴィーガンでここ、
ヴェネツィアでは食べるものが限られているという悩みでした。
ヴィーガンはベジタリアンの食生活よりも大変厳しい条件を課しており、
彼女は倫理上の理由でヴィーガンを選びその条件下の中で生活をしているとのこと。
また、彼女は北の出身で長く両親と生活していたこと。
そして今でも、都会の生活よりも静かなその家が懐かしい・・・と話してくれました。
私は初めて知る彼女の断片さえも、それは決して想像を裏切ることなく、
鮮明に映像として頭を駆け巡ったようでした。

ある日、展示もあと最後、これを観れればと数人で相談していると、
まわりからどよめきが聞こえ始めました。

そう、ヴェネツィアのアックアアルタ、満潮で街中がものすごい勢いで
浸水していったのです!

初めてみる光景に私は驚き、周りの観光の方々も歓声をあげ、
続々と高めの場所に避難したり、ベンチの上にあがったりと
ヴェネツィアの都は飲まれるように、みるみるうちに
変貌していきました。そしてそれは同時に美しくも驚きで溢れていました。

この光景に一段落着くと、一人がつぶやくように言いました。
「ねえ、もう無理だから帰ろうか」と。
誰もが異議はなく、同様の考えだったと思います。

しかしその時、唯一彼女が、何と告げたのかは残念ながら記憶にありません。

ただ、彼女の目は大きく輝くように私を見据えると、
突然、靴と靴下を脱ぎ、いつものくるぶしまでのジーンズをたくし上げ
それらを頭に抱えて、むかいの広場の展示会場めがけて、一目散に走り出したのです。

私が何故、彼女のあとについて一緒に走り出したのかも今は記憶にはありません。
ただ、彼女に見据えられた瞬間、ただただ遅れてはというおもいで、
慌てて靴と靴下を脱ぎ、同じように頭に抱え、彼女の背中を
追うように走り出していたのです。

満潮の中、水しぶきをあげながら裸足で横断する私達二人っきりの姿に
誰もが歓声と奇声を上げていました。

そんな声も耳には届かず、私はただただ、彼女の背中だけを見つめ
水に満たされた都ヴェネツィアを裸足で走り抜けていました。

彼女の背中をみながら、
ああ、この子は本当に美術が好きなんだ・・・ということだけが
心に浮かんでいました。
そして、今、その彼女の側にいるだけで、私にも何か特別なことが起るような
気持ちになっていました。

それから・・・私達は無事にスウェーデンへ戻り、いつもの日常の生活が
同じように始まりました。

彼女はいつものように控えめな色のパーカーを羽織り、同じように口元に僅かな微笑み残しながら頷き、
変わらず消え入る声で静かに教室をあとにしていました。

でも、確実に変わった事は誰もが彼女をあの日から愛おしんでいることでした。
話をしなくても、接点はなくとも、それでもいつも隅にいたはずの彼女が
あのヴェネツィアを裸足で走り抜けたことだけは深く深く、私達の心に残りました。