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残り香 のこと
ふとした時に、煙草の残り香が鼻をかすめると、
赤毛のマリアのことをいつも思い出します。



彼女はスウェーデン人には珍しく
私ぐらいの背丈に長く伸ばした赤毛、
そしてその赤毛が印象的に映るほど
白く美しい肌をもったスウェーデン人でした。

まだ大学に通い始めて日が浅い私のため
構内を案内していた講師が、丁度、
大学の玄関口にいたマリアを呼び止め
私の世話係として声を掛けられていました。

彼女はその容姿に反して、所々破れたジーンズに
着古したTシャッツ、そして黒い革のジャケットを羽織って
少し気怠そうに立っていました。

その独特な風貌から察して
ろくに英語も話せない私の世話係なんて
彼女にしたらたいそう面倒なことだろうにと、
何だか申し訳なく思ってしまいました。

マリアは左手に持っていた煙草を一口吸うと
「いいわよ」と短く吐き出すように言いました。

目と目を合わせつつ、無難に挨拶を交わし、
お互い何の期待感も抱かずその場を
後にしつつも、
それからマリアとは十年近くも
友人関係でいることなど、その時は想像も出来ませんでした。

当時のスウェーデンは今程、日本人の在住人口も多くなく
また同様にアジア人に対しての情報も希薄で
理解、ということでは今のように深くはなかったように感じます。

コミニケーションの取り方一つにとっても
私の短くも浅い経験の中で培ってきた日本人としての方法とは
多少異なりがあったように思います。

意思の明確さ、そしてその意思を強く伝える能力など
当時の私にとってはそういった差の違和感を
感じる毎日で、順応するのに精一杯でした。

ただその中でも、マリアの存在は不思議と
すんなり身体に入ってくるようでした。

彼女は拙い私の英語やスウェーデン語を面白がり、同時に
上手い言い回しを会話の中で、これまたごく自然に教えてくれました。

それから少しずつ彼女のことを知るようになりました。

マリアはスウェーデン人の両親を持ちつつも
生まれはイタリアで幼少期を長くその国で過ごしてきました。

帰国してからもイタリア語を勉強し続け、いつかまた
イタリアに戻りたいと、着古した革ジャケットのポッケから
紙煙草を取り出し、クルクルと器用に丸めながら
いつも、少し恥ずかしそうに話をしていました。

私にとって初めての海外という土地は知り合いもなく、
ましてや、友人・・・と呼べる人間はなかなか出来ませんでした。

言葉に対する焦り、理解力や表現力に対する劣等感、
また順応したいという大きな欲求で、
毎日がその場所に留まる事だけで精一杯でした。

今思えば、私は皆の中でもかなり浮きつつも、常に
漂わせる必死さが余計、気軽さを感じさせなかったのかもしれません。

そんな私をマリアはごくごく、自然に食事や飲みに誘ってくれました。

嗜好品に対する税金の高さもあるのですが、
大方の若いスウェーデン人は、友人を家に招待し、
食事を共に済ませお腹が膨れたところで夜の街へ、というのが常らしい。

根っからの怖がりと心配性で、夜の外出はほぼ皆無の私を面白がり
とにかく、一回でいいから!とある晩、私を連れ出しました。

店内に漂う煙草の煙に目をしばたたせ、
耳に突き刺さるような大音量でかかる音楽に
相手の話なんて聞こえず、
とにかく大声で話しては乾く喉にビールを流し込む。
これはもう、体力勝負の問題じゃないかと思いつつ、
後半はヘトヘトでした。

それでもいつからか、時間を共有しているという充実感が
私の中で満たされるように感じたのも事実でありました。


何年後かに当時のあの晩の話をする時があり、
彼女は笑いを噛み締めつつ
「あの晩は私にとって最高に楽しかった、アレがあったから
あなたは最高に良かったの」と言いました。

そうあの晩、ようやく満足したマリアと共に家路に急ぐ為、
店を後にし、トラムの停留所で待っていると、
マリアから「これ食べて、酔いがさめるから」と
渡されたラクリスという名の黒いキャンディー。
前情報は何も無く、無防備にも渡された数だけ口に放り込んだら!!

後から知ったのですが、ラクリスは漢方薬にも使われる甘草を
原料にした、とにかく独特で強烈な味のキャンディー。
北欧諸国では子供から大人までに愛されるとても一般的な味ですが
表現すれば、わたしにとっては、正直「まずい」部類に入る味でした。

あまりの強烈な味に一気に、口の中は大騒ぎ!
吐き出すにしても、結構な量を放り込んだため、
どうすることも出来ずに
とにかく夜の街に悲鳴を発していました。
同じ停留所の人々はそんな私を好奇の目で見つつ、
それどころではない私は、
大量のラクリスと共に雄叫びをあげ
マリアはお腹を抱えて笑い転げ、
そんな滑稽な姿に自分でも可笑しくなって
挙げ句の果てには二人で、道に倒れ込む始末。

それがマリアのいう、アレでした。

何年後かにその想い出を笑いを噛み締めながら
話すマリアに、私は感謝で一人心があつくなりました。

あの晩、本当にろくでもない馬鹿な事で
笑い転げることができたから
今まで私にあった、窮屈でつまらない閉塞感や劣等感は
大きな悲鳴と雄叫び共に、夜の街に消え去ったのです。

マリアは、マリアの方法で私を導いてくれたんだと
その時気付きました。

道行く人の煙草の残り香が鼻をかすめるたびに、
彼女を思い出します。

器用にクルクルと丸める紙煙草を片手に
気怠そうに立つ、あの最高なマリアを。